【春菜の家出】
春菜は甘ったれで、ちょっと悪い子。
ときどき学校をサボる。
髪を染めて、ピアスして、化粧して
………俺自身は、これについてはあまり抵抗はないんだけど、学校で禁止しているのにやってるんだから、やっぱりちょっと悪い子。
この前、「家出したい」って言うから理由を聞いてみたら、お父さんが暴力を振るうんだって。
春菜もお母さんも殴られるらしい。
「夜、12時すぎて家に帰ったら殴られた」って。
………連絡もせずにこんな時間に帰ったら、親は怒るよなあ。
だけど、殴るのは良くない。殴られて反省するやつなんて、まずいない。恐いからいうことを聞くだけ。
前にも書いたと思うけど、男の暴力は自信がないしるし。
亭主関白タイプの男の理想の家庭って
………いつでも家族が自分のまわりにいて、楽しく食事をして、楽しい話をして、みんなが自分を尊敬してくれる………。
要するに、甘ったれっていうこと。
家事はできない、料理もできない、子育ても分からない。「女なんて……」って言うくせに、その「女」なしでは生活もできない。
こういう、甘ったれの男っていうのは案外多い。
でも、こういう甘ったれの男でも自信があれば暴力は振るわない。
自分のまわりに家族がいないとちょっと不機嫌になるくらいかな。
自信のない男は暴力で威嚇しようとする。それは、暴力以外に解決方法を知らないからなんだよ。
暴力を振るえば、あるいは暴力で威嚇すれば、ともかくその場では家族はいうことを聞く。形としては解決する。
ほんとうはそんなことをすれば逆効果で、かえって家族の心は離れてしまうのだけど。
春菜のお父さんは、この「自信のない甘ったれ」らしい。
「家出して、どこに行くんだ?」って聞いたら、彼氏の車で寝泊まりするという。
彼氏は2つ年上の社会人。………といっても、まだ未成年。
春菜の父親は、以前、春菜が前の彼氏の家に行っていて夜遅くなったとき、彼氏の家に怒って電話をかけてきただけでなく、警察まで呼んだという。
春菜が家出して、彼氏の車で寝泊まりしてると知ったらどんなことになるか。
「彼氏にものすごい迷惑をかけることになるよ」って言ったら、さすがに春菜も考え直した。
俺は春菜が父親の暴力から逃れるために家出をすること自体には反対ではない。
問題なのは、その方法だ。
援交にもあまり抵抗を感じていない春菜が行き先もはっきりしないまま家出なんかしたら、その先は見えている。
友達の家を泊まり歩くとしても、そんなに何日も泊まれるわけではないし、父親が見つけたら相手の家族にだって迷惑がかかる。
春菜には都内で一人暮らしをしているお姉さんがいる。
俺は春菜に「どうしても家出したくなったら、お姉さんのところに行け」と言った。
春菜は、「どうせお父さんに見つかるし、都内のお姉さんのところからじゃあ学校に通えない」と言う。
家出すると言っておきながら、学校を休むことを心配するなんて、可愛いよね。だから俺は春菜のことを「ちょっと悪い子」って言うんだけどさ。
今の春菜は一人で生きていくなんてできないんだから、家出と言ってもお父さんにちょっとショックを与えるのが目的。
完全に家族の枠からはみ出てしまうのは危険だ。
プチ家出をして、お父さんとの関係を変えていくきっかけになればいい。それだけのことさ。
「どうしてもお父さんの暴力がおさまらなければ、お母さんかお姉さんと一緒に児童相談所に行け」と言った。
お父さんは銀行員。銀行でどんな立場にあるかは分からないが、たいていの場合は公的機関が間に入れば、そんなに無茶はしない。
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この話をしてから一週間後、春菜は家出を決行した。
お姉さんのところに3日間いて、お母さんが迎えに来て家に戻ったという。
その間、児童相談所にお姉さんと一緒に相談に行った。
相談所では明確な回答やアドバイスはもらえなかったというが、その後、お父さんの暴力は止まっているという。
春菜自身も人間関係の構築が苦手なタイプで、友達関係がうまくいっていない。
その上、甘ったれで寂しがり屋だから、俺から見るととても危険なタイプ。男につけ込まれやすい。
好きな男ができるとのめり込み、まわりが見えなくなる。そして、あまりにベタベタするので、相手の男が束縛されるのが嫌になってしまって別れるというパターンが多い。
だから、春菜のつきあいは長くて3ヶ月。そして、別れるとまたすぐに次の男が現れる。
春菜は、つきあい始めたとか別れたとかいちいち俺に話しに来るわけではないが、春菜を見ていればすぐ分かる。………男ができると春菜の化粧が濃くなるんだ。
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春菜に限らず「家出したい」と思う女の子は少なくないだろう。
理由はそれぞれあるだろうが、実際に家出しようとすると様々な障害が立ちはだかる。
特に高校生にとっては家出というのは非常に困難だ。
どこに行くのか、どこに泊まるのか。家出したあと、どうやって生活するのか。学校はどうするのか。
そんなことを考えると、願望はあっても家出を決行できない。
………それはそれで仕方がないと俺は思っている。
そのくらいの方が良いのだ………なんて言うと、真剣に考えている子は怒るだろう。
だけど、簡単にプチ家出をする方が俺にはとても恐い。
歯止めがないということは、その怖さもわからないということだから。
様々な障害があって、それでもなお家出をしようとするほどのことがない限り、家出はしない方が良い。
親権というものはとても強大なものだ。
………実際には、児童相談所といえども、なかなか手出しはできない。
虐待が行われていることが分かっていても、なかなか手出しができないほど親権というのは強いものだ。
だからこそ、それを行使する親には子育てについてきちんと考え、責任ある態度で養育してもらいたいと思うが、実際にはそれができない親も多い。
本来ならば、そこを調整し、子どもを守るのが児童相談所などの公的機関だと思うのだが、いろいろな理由があって必ずしもうまく機能していない。
春菜には家出について、俺は意図的にその危険性を誇張して伝えた。……できるだけ危険な状況に置きたくなかったからだ。
親元を飛び出した女の子を待っている様々な誘惑と危険。
援交などの売春まがいのことで収入を得るのは論外だが、「女であること」を売りに男におごらせる、なんていうのもやはり危険だ。世間知らずの高校生を引っかける、なんていうのはある程度女の扱いを知っている男にとっては簡単なものだ。
そうでなくとも、安易に収入を得るということは、その陰に隠れた危険も大きいんだ。
そうでなかったら、誰も苦労して働いたりしないよ。
春菜と同じようなことを考えている人がいたら、衝動的に飛び出す前によく考えるんだよ。