【時効になったノンフィクション 】

この「女の子へのメッセージ」に私が書いていることは、すべて事実に基づいています。もちろん話の本質を変えない範囲で状況設定をアレンジして、名前も変えて、誰のことかはわからないようにしてありますが,……。。

その中でも、これから書く話は、女の子にはぜひ真剣に考えてほしい話です。

小学校4年生の女の子が、あるとき変質者にいたずらされてしまいました。

公園で、立ったまま身体中を触られてしまったのです。服は着けたままでしたが、服の中に手を入れられて、みんな触られてしまったのです。女の子は、恐怖のために声もあげられず、逃げることもできず、されるままになっていました。

家に帰っても、女の子は独りでした。お父さんもお母さんも勤めに出ていて家には誰もいなかったのです。お母さんが帰って来るまでの間、女の子はどんなに不安だったことでしょう。でも、誰も声をかけてくれる人はいなかったのです。

やがて、お母さんが帰って来ました。女の子から話を聞いたお母さんは、本当にびっくりしました。そして、女の子の身体のことを心配して、女の子にいろいろなことを聞きました。しかし、女の子にはお母さんの質問の意味がわかりませんでした。

お父さんが帰って来て、この話を聞きました。そして、女の子にこう言いました。

「このまま黙っていると、またおまえと同じ目にあう子が出てくる。だから、警察へ届けよう。だけど、もしおまえが嫌なのなら、届けなくてもいいよ。」

結局、この事は女の子のお父さんから警察に連絡されました。そして、女の子は警察で事情を聞かれ、被害調書を取られました。事件の細かい所までみんな話をさせられて、女の子はまたその時のことを思い出してしまいました。もう一度同じ事をされたような、嫌な気持ちでした。そして、それよりもっと辛かったのは、調書を取り終わった警察官が、その調書を読み上げて、「まちがいありませんね」と聞くことでした。女の子は、そう聞かれるたびに「まちがいありません」と答えなければなりませんでした。とても恥ずかしく、辛いことでした。

女の子は、家に帰ってからつとめて明るく振舞っていました。「あんなことはたいしたことじゃないんだ」と自分に言い聞かせることで、辛うじて心の平衡を保っていたのです。ところが、そんな女の子を見てお母さんは「よく平気でいられるわね」と言ったのです。お母さんにすれば、変質者にいたずらされた娘が、ことの重大さに気がついていないと思って言ったのでしょうが、やっとの思いで心の平衡を保っていた女の子にとって、このお母さんの言葉はとてもショツクでした。そして、女の子の心の中にとても大きな傷を残しました。そして、女の子の心の中に「自分は汚れてしまったんだ、他の子とは違ってしまったんだ」という思いを残してしまいました。

それからも、女の子はごく普通の小学生として暮らしていました。しかし、いつのころからか女の子は自分の手首から血が流れるのを見るようになってしまったのです。もちろん本当に手首が切れている訳ではありませんから、他の人には流れる血など見えはしません。誰に話しても、まともに取りあってはくれません。

しかし、女の子には自分の手首から地面にしたたり落ちる血が見えていたのです。

そして、それは黒い、汚い色の血でした。女の子には、自分の身体の汚れがそのまま血の色に重なっているように思えました。

中学生になって、色々なことが分かってくると、女の子にも自分がされたことの重大さがわかってきました。しかし、その時にはもう、周りの人達は何年も前の事件のことなど忘れてしまっていました。女の子の両親でさえ、女の子がそのことで深く傷つき、その傷を持ったまま成長していることに気がつきませんでした。だから、女の子は事の重大さに気がついても、何もできませんでした。そのことを話したくても話す相手もいませんでした。女の子はまた傷ついて、その傷を誰にも分からないように一所懸命隠すしかありませんでした。

高校生になって、女の子は表面的にはとても明るい子に育っていました。だれも、その子が心の中に深い傷を負っていることを知りませんでした。そして、女の子はその傷に誰も触れることができないように、厚い殻で自分自身を覆ってしまいました。しかし、その殻の中の傷は治ったわけではなく、痴漢の話や変質者の話を聞くたびにズキズキとうずきました。そして、「自分は汚されてしまったんだ。汚いんだ。」という思いはますます強くなっていきました。

成人式を迎えるころになって、もう「あのこと」があってから10年近くの時間が過ぎました。しかし、女の子の心の中にはまだ「あの男」がいるのです。

あのことがあった7月が近付くと女の子は「あのこと」を思い出すことが多くなります。女の子には好きな男の子がいます。しかし、時としてその男の子と、「あの男」が重なってしまうのです。男の子の中に「男」を感じるとき、女の子は「あの男」を思い出してしまうのです。そして、叫び出しそうになってしまうのです。

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あの男が憎い。

好きな人の前で、私はきれいな身体でいたかった。

「私は汚いんだ」と思う時がとても辛い。

あの男は捕まらなかった。私がこんなに辛い思いをしているのに、あの男は今頃どこかで私のことなんかすっかり忘れて、のうのうと暮らしているんだ。

あの人と結婚して、あの人の腕に抱かれたとき、あの男を思い出して叫び出してしまったらどうしよう。

一生、結婚できないかもしれない。

結婚できたとしても、あの人がこのことを知って「汚い」と思ったら、どうしよう。そう思われたら、私はもうあの人の側にいることはできない。

私に触れたら、あの人まで汚れてしまいそうで、怖い。

お母さん、泣いて私を責めたの。「どうして逃げなかったの」って、私が悪いみたいに責めたの。泣きたいのは私の方なのに。

一所懸命忘れようとして、平気な顔をしていると、お母さん「よく平気な顔、してられるわね」だって。

平気なわけ、ないでしょう。

私、あの時10歳にもならなかった。母に話した時から、その事だけ記憶の外に出そうと必死だった。

母には泣かれるよりも、「たいしたことじゃないから、忘れようね」って言ってほしかった。たいしたことじゃないって、無理やりにでも思いたかった。

自分で「たいしたことじゃない」って言ったら、おこられた。

「たいしたことないわけない。どうして、そう平気でいられるの」

平気なわけない。私はただ、早く何事もない生活を続けたかった。

その部分だけ切り取って捨てちゃって、その前と、そして未来とをつぎはぎしたかっただけ。何事もなかったら、平気な顔をしてるはず。泣いたりしないはず。普通にしてるはず。そのときの私には、それくらいしか考えられなかった。だってまだ10歳にもならなかったのよ。

でも、どんなに意識の外に出してたって、忘れていたって、ある時がくれば全部思い出すのね。

わかりますか。

本当に愛する人ができたときに、

つぎはぎしたものは、見事に切れちゃうの。

「私、やっぱりふつうの女の子じやないかもしれない。」

そう思うと、本当にどうしようもなくなるの。ほかの女の子より汚いのかもしれないって思うと。

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この子はまだ結婚していません。

そう、まだこのノンフィクションは続いているのです。

まだ、この子の中で、事件は解決していないのです。

だれも、この子を救えなかった。私も、ただ見守るだげで、何もできなかった。

結局、この子を救うのはこの子自身でしかないのです。

この話には、いくつもの教訓が含まれています。あなたはそのうちのいくつを感じとってくれたでしょうか。

この子(もう「この人」という歳になっていますが)の場合、暴行された訳ではありません。ですから、ここまで思いつめるほどの事ではないと思う人もいるかもしれません。しかし、当人にとってはそう単純に割り切れるようなことではないのです。

女の子が、その心や身体に傷を負ったとき、それがどれほど長い間影響を及ぼし続けるか、それはその当人でなければ決してわかることはできないかもしれません。しかし、女の子にはこれをひとつのきっかけにして、考えてほしいものです。そして、自分の心や身体を大切にしてほしいものです。

それから、不用意な一言がいかに相手を傷つけるかか。これは私を含めて多くの人が考えるべきテーマです。心の傷は、目に見えないだけに、人を深く傷つけることがあります。そして、傷をつけた側はそれに気がつかないことが多いのです。

相手のことを本当に心配して言ったその一言が、相手を深く傷つけているとしたら、これはもう悲劇としか言えません。それも、慎重に言葉を選べば避けられたかもしれない悲劇なのです。