【時効になったノンフィクション 】A


それからも、女の子はごく普通の小学生として暮らしていました。しかし、いつのころからか女の子は自分の手首から血が流れるのを見るようになってしまったのです。もちろん本当に手首が切れている訳ではありませんから、他の人には流れる血など見えはしません。誰に話しても、まともに取りあってはくれません。

しかし、女の子には自分の手首から地面にしたたり落ちる血が見えていたのです。

そして、それは黒い、汚い色の血でした。女の子には、自分の身体の汚れがそのまま血の色に重なっているように思えました。

中学生になって、色々なことが分かってくると、女の子にも自分がされたことの重大さがわかってきました。しかし、その時にはもう、周りの人達は何年も前の事件のことなど忘れてしまっていました。女の子の両親でさえ、女の子がそのことで深く傷つき、その傷を持ったまま成長していることに気がつきませんでした。だから、女の子は事の重大さに気がついても、何もできませんでした。そのことを話したくても話す相手もいませんでした。女の子はまた傷ついて、その傷を誰にも分からないように一所懸命隠すしかありませんでした。

高校生になって、女の子は表面的にはとても明るい子に育っていました。だれも、その子が心の中に深い傷を負っていることを知りませんでした。そして、女の子はその傷に誰も触れることができないように、厚い殻で自分自身を覆ってしまいました。しかし、その殻の中の傷は治ったわけではなく、痴漢の話や変質者の話を聞くたびにズキズキとうずきました。そして、「自分は汚されてしまったんだ。汚いんだ。」という思いはますます強くなっていきました。

成人式を迎えるころになって、もう「あのこと」があってから10年近くの時間が過ぎました。しかし、女の子の心の中にはまだ「あの男」がいるのです。

あのことがあった7月が近付くと女の子は「あのこと」を思い出すことが多くなります。女の子には好きな男の子がいます。しかし、時としてその男の子と、「あの男」が重なってしまうのです。男の子の中に「男」を感じるとき、女の子は「あの男」を思い出してしまうのです。そして、叫び出しそうになってしまうのです。

続く
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