【時効になったノンフィクション 】B
あの男が憎い。
好きな人の前で、私はきれいな身体でいたかった。
「私は汚いんだ」と思う時がとても辛い。
あの男は捕まらなかった。私がこんなに辛い思いをしているのに、あの男は今頃どこかで私のことなんかすっかり忘れて、のうのうと暮らしているんだ。
あの人と結婚して、あの人の腕に抱かれたとき、あの男を思い出して叫び出してしまったらどうしよう。
一生、結婚できないかもしれない。
結婚できたとしても、あの人がこのことを知って「汚い」と思ったら、どうしよう。そう思われたら、私はもうあの人の側にいることはできない。
私に触れたら、あの人まで汚れてしまいそうで、怖い。
お母さん、泣いて私を責めたの。「どうして逃げなかったの」って、私が悪いみたいに責めたの。泣きたいのは私の方なのに。
一所懸命忘れようとして、平気な顔をしていると、お母さん「よく平気な顔、してられるわね」だって。
平気なわけ、ないでしょう。
私、あの時10歳にもならなかった。母に話した時から、その事だけ記憶の外に出そうと必死だった。
母には泣かれるよりも、「たいしたことじゃないから、忘れようね」って言ってほしかった。たいしたことじゃないって、無理やりにでも思いたかった。
自分で「たいしたことじゃない」って言ったら、おこられた。
「たいしたことないわけない。どうして、そう平気でいられるの」
平気なわけない。私はただ、早く何事もない生活を続けたかった。
その部分だけ切り取って捨てちゃって、その前と、そして未来とをつぎはぎしたかっただけ。何事もなかったら、平気な顔をしてるはず。泣いたりしないはず。普通にしてるはず。そのときの私には、それくらいしか考えられなかった。だってまだ10歳にもならなかったのよ。
でも、どんなに意識の外に出してたって、忘れていたって、ある時がくれば全部思い出すのね。
わかりますか。
本当に愛する人ができたときに、
つぎはぎしたものは、見事に切れちゃうの。
「私、やっぱりふつうの女の子じやないかもしれない。」
そう思うと、本当にどうしようもなくなるの。ほかの女の子より汚いのかもしれないって思うと。