【 真琴 】
先日、家の近くのスーパーのレジのところで、高校生の女の子達が友達が中絶をしたという話をしていた。その話があまりにも軽かったので、こっちがびっくりしてしまった。ちょうどその前日に、中絶した子につきあって、鎌倉まで行ってきたばかりだったから、なおさらそう思えたのかもしれない。それにしても、そんなに軽く中絶の話なんかしないでほしい。
俺が鎌倉まで一緒に行った真琴(もちろん仮名です)には、2年ほどつきあっていた彼がいた。俺からみるとあまり信用できないタイプだったのだが、真琴はもう夢中で、ここ1年ほどは真琴の生活はほとんど彼中心に回っていた。
真琴がいつから彼に身体を許したのか、俺は知らない。半年ほどまえに「そうじゃないかな?」と思ったことはあったが、真琴は俺にそんな話はしなかったし、おれもあえて聞こうとは思わなかった。俺がそのことを知ったのは、真琴から「妊娠しちゃつた」という相談をうけたときだった。真琴はそのことを彼にも話したらしいが、彼はあいまいな受け答えをするばかりで、そのことについてはっきりとした態度を見せなかったようだ。
真琴は俺のところに相談にきたときにはすでに妊娠を知っていた。2週間ほど一人で悩んだらしいが、そのあと友達に相談し、友達につきあってもらって医者に行ったらしい。
今考えてみれば、この行動の速さが事態を大きくせずに済んだいちばんの理由だと言えるかもしれない。
真琴が相談に来たときはまだ妊娠3ケ月だった。彼の対応はとてもいいかげんで、彼と相談して解決しろと言える状態ではなかった。真琴も、妊娠を知ってからここまででで彼の今まで見えなかった面が見えたのだろう。「彼と結婚はしない」と言い切った。その段階で彼女も中絶を覚梧しただろう。
しかし、実際に自分が中絶手術を受けるとなると、とまどうことも多かったろう。幸い(と言っていいのかな?)彼女は誕生日を週ぎて、二十歳になっていた。そして、就職してアパートで暮らしていて、ある程度の貯金もあった。
誰にも知られず中絶することは充分可能だった。それでもやはり、自分の中に生まれてしまった生命を自分で葬るということは、とても大きな決断が必要だったはずだ。
俺は真琴がいつ中絶するのか知らなかった。
真琴が2度めに俺のところに来たときは、もう中絶手術をしたあとだった。
真琴は友達につきあってもらって病院に行ったらしい。
彼にも手術の日と場所は知らせてあったのだが、彼は来なかったという。
そして、そのあと彼からは電話もないし、真琴からも電話していないということだった。
「その程度の男だったんだよ」と片付けてしまえるのは第三者だけ。相手がどんな男であれ、ここまでの真琴の愛は本物だった。そして、自分の身体の中にその愛の結果として生命がある。それを葬らなければならない辛さは、周りにはわからないだろう。
俺もこれを書きながら、どこまでわかっているんだか,…‥。
真琴の両親は真琴の妊娠も中絶も知らない。それどころか、真琴が彼とどんなつきあいをしていたかも知らないだろう。俺も両親に知らせたりはしなかった。両親と直接会ったことさえないのに、俺から知らせる必要もないだろうと思ったからだ。真琴ももう成人しているのだし、そのへんのことは自分で判断するだろう。
真琴から「水子の供養をしたい」と相談されたとき、すぐに頭に浮かんだのが鎌倉だった。真琴のような場合、近くの寺に行くわけにいかないし、これからのことも考えると、日常生活を離れた場所で、しかも行こうと思えば比較的簡単に行くことが出来る場所が良い。それに、万一そこで誰か知人と会ってしまったときにも、それなりに言い訳の出来る場所がいい。そんな条件を考えて、鎌倉の長谷観音にした。
長谷観音に着いて、いちばん上の、お地蔵様がたくさん並べてある場所に着いたとき、真琴は自分が持ってきたお地蔵様を抱いて泣きだしてしまった。俺はしばらく真琴を一人で泣かせておいた。そして、少し下がった所から真琴の泣いている後ろ姿を見ているうちに、猛烈に腹が立ってきた。「どうしてあの男は来ないんだ」という怒りだった。
男と女が結ばれる。それはそれでいい。
間違って子供ができる………。あまりほめられたことではないが、それはそれでしかたがないこともある。少なくとも、できてしまったものはしかたがないとは言える。
中絶………女の側に大きな傷を残す。してほしくないことだが、そうしなければならない場合もある。
しかし。 しかしだよ。 なぜ女が一人で苦しまなければならないんだ?
なぜ女が一人でこんなところで泣いていなげればならないんだ!
これだけは許せない。
この逃げだけは、同じ男として許せない。
おそらくあの男は「責任を取れ」と言われるのが怖かったのだろう。
金の話をされるのも怖かったのかもしれない。
このことによって一人の女に縛られるのが嫌だったのかもしれない。
一人の女にまとわりつかれるのが嫌だったのかもしれない。
しかし、
どんな理由があるにせよ、この結果はおまえがつくったんだぜ。
何をしたっていいさ。おまえだって成人男子だ。だけど、その結果については甘んじて受けろよ。それが大人の男ってもんだ。たとえそれによっておまえの生活設計が崩れようとも、人生が変わろうとも、それはおまえがやった結果じゃないか。それが嫌なら一人前の格好をするなよ。「自由」なんて言うな。「何をしてもいい」というのは、その結果を甘んじて受ける覚悟がある者だけが言える言葉だ。女を一人で泣かせるようなやつが一人前の顔をするな!
真琴はこれからも長谷観音に通うだろう。
その隣にあの男はいないだろう。
俺としてはいないことを望む。
真琴もおそらくそう思うだろう。
ただ、ひとつだけ心配なのは、あの男がまた優しい言葉をかけてきたとき、真琴がそれを拒み通せるかどうかということだ。ただ別れるのと違って、真琴の場合は中絶という大事件を経ているだけ別れやすいかもしれない。それでも女心というやつは厄介なものだから。
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